西谷の民俗 西谷の産業

上佐曽利地区のダリア

西谷の最北端に位置する上佐曽利地区(map.B2)は、全国に誇るダリアの生産地です。南部の市街地に比べ2〜4℃気温が低く、ダリアの栽培に適した冷涼な気候です。昭和5 年(1930)、有馬郡有野村(神戸市)からダリアの球根を購入し、上佐曽利地区で初めて切り花の栽培が開始されました。
昭和10 年(1935)には「佐曽利園芸組合」が設立され、地区全体でダリアの栽培に取り組むようになりました。昭和25 年(1950)には切り花から球根生産へと移行し、最盛期の昭和45 年(1970)頃には年間300 万球を生産していました。
その後、球根の生産数は減少していきますが、現在でも全国生産の約4 分の1を占める年間80 万球を生産しており、切り花の出荷も行っています。
「宝塚ダリア園(map.B2)」では、初夏と秋の開花時期に合わせて観光花園を開園、秋には花つみが楽しめます。数百種類のダリアが一面に咲き誇ります。

大原野の箕(福箕)

西谷の大原野地区(map.B2.3)の箕の生産は近在に有名でした。西谷の大原野地区では農業収入だけでは生活が苦しく、余業として箕を作っていました。元禄14 年(1702)の『摂陽群談(江戸時代に編纂された摂津国の地誌)』の中にも名物として「大原野箕」が出てきます。
明治になっても生産は増加し、年生産高も明治9 年の約1 〜 2 万枚から38 年には約7 万枚まで増えました。その間、明治20 年に箕営業組合を結成、生産者の保護や流通の強化などを図りました。しかし、現在では箕そのものの生産は殆ど行われていません。
明治の初期に西宮神社の初祭十日戎の時に売られる福箕の生産が始まりました。実用品の箕だけでは販売量も限ら れるので、お多福の面をつけた福箕を作り売ったところ、大いに売れ、現在でも大原野でこの福箕作りは続いています。