西谷の民俗 西谷の食文化

はじめに

この第3 章「西谷の民俗」では、地域の方が編集された郷土史や聞き取り調査資料を基に、西谷の伝統や暮らしについて書いています。西谷には、これまで地域の方が大切に守り受け継いできた伝統、時代の変化に伴い形を変えた行事や暮らしがあります。昔の暮らしと今日の西谷の暮らしから、里山西谷の魅力をお伝えし、未来への継承へと繋げていきたいと思います。

昔の食事事情

昔の人々の普段のご飯は朝晩ともにご飯、味噌汁、漬物などでした。昼はお弁当で、ご飯に梅干しや鰹節がのったものだったそうです。肉はあまり食べられず、ときおり行商が売りにきた魚や育てた野菜を炊いたものなどがでていたそうです。
こびるという昼食と晩ごはんの間の農作業の休憩時には、高菜の葉で包んだおにぎりなどを食べていました。主食のお米は量を増やすため、麦や芋などを混ぜて食べていました。また、味噌や醤油は、育てた大豆を使って各家で作っていました。

年中行事の食事

正月

大晦日には年越しイワシといって、イワシが食べられたそうです。お餅は29 日を避けてつき、お雑煮は味噌で大根や人参と丸餅がはいっています。
1 月7 日には七草粥 (ただしナズナだけしか入っていない)、そして正月の終わりの15 日のとんどの日に、鏡餅を食べます。とんど粥と呼ばれる小豆、お持ち、お米を塩で味付けしたお粥を食べていた地区もあったようです。

カミサン正月 立春(2 月4 日)

正月と同じことをしていました。モチをつき、前日の節分には大晦日と同じことをしたそうです。また、この時期は寒餅をする時期で豆・のりなどをいれたお餅をつきました。

ひな節句

旧暦で祝うため、4 月3 日に行います。ヒシモチをついたり、山遊びといって巻きずしなどのお弁当を持って高い山にいったそうです。

お盆

地区によって違いがありますが、お盆にはきゅうりやなすを供えたり、肉を控えていたようです。

西谷のちまき

旧の端午の節句に合わせて作るちまき。昔は西谷の多くの家で作られていたそうですが、いまではちまきを作る家は数少なくなりました。一般的なちまきはササで包みますが、西谷のちまきの特徴は、いまでは大変珍しいナラガシワとヨシの葉を使って作るところにあります。いまでもこのナラガシワとヨシの葉を使ったちまきを作っているのは、武庫川中流域と猪名川上流域の北摂里山地域のみです。

作り方

 

ちまきは保存食としても使われていたようです。農業の際のおやつとして、また進物として持っていったそうです。各家において、自分たち独自に、作り方を工夫し、今に伝承されています。各家によってちまきの味が違ったそうですが、特に原料に使ったうるち粉ともち米粉の割合によって違いが出ていたというエピソードもあります。